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柳川麻衣 著@痛覚『Lotus ロータス』総集編の感想

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柳川麻衣 著@痛覚『Lotus ロータス』総集編
http://words-in-pain.hacca.jp/pain/index.html
密林にて購入。
http://www.amazon.co.jp/


文学フリマでも買える、はいりさんお勧めの小説。

とにかく、私の好きなものがたくさん詰まった1冊だった。

私の好きな小説や漫画が引用されていたりで、作品の雰囲気もその少女版といった風で、すごく好きだった。


百合はそんなに得意ではないのだけど、これは全然平気だった。
というか、友達以上恋人未満な関係を築く少女たちの物語、かな。
(私はそもそも、百合を誤解しているかもしれない……)


私も同じ学校に通っていたとしたら、蓮実に憧れていたことと思う。
こういうキャラクターはとても好きだ。

自分の少女時代を思い出したりすることもできた。
まったく全然、こんな美しいものではなかったけれど。
そう、とにかく、綺麗な物語だった。もちろん、綺麗なだけではない。



『Lotus ロータス』
核となる、蓮実と桃重の物語。

この後に綴られる物語よりも、幾分弱いような印象を受ける。
けれども、この物語がなければ、後に綴られる話などなんの意味もなさないのではないかと、最後の「ロータス2」を読むと分かる。

そんな大切な物語なのかな。


『L is for Lipstick リップスティックのL』

少女たちは自分のことを「ぼく」と言う。
少年同士の友情に憧れる主人公のお話だけれども、
これは、真乃の好きな宮沢賢治の「銀河鉄道の夜」とか「トーマの心臓」とかに傾倒しているからである。

まるで、女同士の友情は脆いと言いたいわけではないと。(女同士の友情が脆いのかどうかはまた別の話だけれども)

「ぼく」と言うことで、少年になりきる少女たちは、その友情を信じて、ずっと一緒と約束する。けれど、親友が、主人公を置いてけぼりにして大人へなっていく。
その理由もまた切ない。
別れたくないのに、友達ではいられなくなってしまう。
主人公よりはきっと、その親友の方がツラいだろうなあと思った。

そして「ぼく」を脱ぎ捨てて、化粧を覚える。
化粧することで武装する少女は大人へなっていくのだろうか。

傷を隠して忘れて、次へと進むのだろうか。


余談だが、真乃はここでもTwitterでも「おれ」と自分のことを書くことがあるが、これは、高校の時にバンド好きな子とか、軽音部で流行ったものが、うつったものであって、真乃自身はそういうものに傾倒したことはない。
真乃の使う「おれ」は、もはや「俺」と書いた方が良いほどに、口が悪いということだ。
だいたいにして、「わたし」と言うより「おれ」とか「ぼく」の方が音が短くて使いやすいではないか。

でも、そうだな。
「わたし」っていうのは「女」を強くイメージさせるね。だから、ニューハーフのひとたちは「わたし」「あたし」と言うんだろうね。

「わたくし」もたまに使うけれど、「わたくし」と言うときは、かしこまってるふりをしていると思ってもらいたい。

職場でもたまに「おれ」って言ってしまうので、
驚かれたりする。癖ってなおらねえんだよなー
(これが、口が悪い例のひとつ)


『Sister シスター』
叶わない片想いの果てに失恋を繰り返し「修道院に入る」が口癖の菫子と、彼女を慕う後輩の紫苑の物語。
(サイトより引用)

真乃の家の裏が、カトリック教会だったりする。
ミサに出たことは一度もない。
日曜日には讃美歌が聞こえてくる。
(ゆっくり寝てもいられない……神さまが怠惰を許さないのだろう……)

興味はあるのだけど、カトリックという宗派がもはや、信仰できない……
プロテスタントも然りだが。

十字架というアイテムに憧れをもっているのは確かなのだけど、あんまり身に着けたりはしない。
(好きなのに、着けないということは、何かしらの力が働いていると私は解釈する)

たしか、前の職場の近所に修道院の寮があったな。
修道女ともよくすれ違った。

宗教団体に所属するひとというのは、真乃にとって不思議な存在だ。

すべてを鵜のみにしているから。
疑問を持たないのだろうかねえ。
どうして色んな宗派があるのか、もう少し学ぶと良いと思うのだけど。他の宗派についてもね。

今のところ、真乃の考えにはまる宗派にお目にかかれたことはない。

でも、日本神話も、アブラハムの宗教も嫌いじゃあない。好きです。

わからんのは仏教とヒンドゥー教とかのらへん。
出所が、土着っぽいんだよなー……

でも、十二神将にまつわる話も読んだことがある。

要は、いるのか、いないのか、というところ。
真乃にとってはね。


話はだいぶずれたけれど……
可愛いなあって思いましたよ。
年上の男のひとに憧れる少女は、可愛いよ。

とにかく、憧れなんだよね。
年上の男のひとと恋人同士になるのも憧れ。
修道院に入るのも憧れ。

少女は憧れでできているんだね。
(真乃にはそんなロマンティックな時間はなかった……子供の頃から現実主義だった……)

それが、良いものだと素直に考えられる純真さ。
それが、乙女、なのかなあ。


『Lily リリイ』
下着についてのあれこれから始まる物語。

ランジェリーは「女性」を強調するものだね。
スポーティなものもあるけれど。
豹柄とかもあるけれど。

乙女下着パーティー……
そんなこと、想像もしたことなかった。

でも、家では下着でいるという女性もいるという。
冬は、寒いなあ。

というか、恥ずかしいなあ。
お手入れを抜かりなくしなくてはならないし……

真乃にとって最高のブラとは、ぴったりフィットと、痛くないってこと。
(貧乳だとワイヤーが痛いんですよ)

それで可愛かったらもっと良い。

この物語には下着、下着、下着ばっかりだ。
出会いのきっかけだったり、過去であったり、下着ひとつひとつの思い出だったり。

真乃は、ブラの所持数が少ないんだろうなー
今は5個で回してる。
あとは、いざという時のが2つ。(どんな時かはご想像にお任せする)
だから、思い出が詰まる前にダメになって捨ててしまうな。

主人公は、女の子にもてもての蓮実を好きになるのだけど、
やはり、真乃にはわからんなあ。
BLは分かるにねえ……

うーん……
なんだろう、BLの方が性欲と直結してて分かりやすいからなのかなあ。
比べてしまうと、BLの方が泣けるというのはなんなのだろうね。
百合は、どんなに切実だろうと泣けないんだよねえ。

物語というのは、感情移入することで、感動したりするのだけど、
こと、GLだと自分と重ねてしまうのが、いけないのだろうねえ。
健全男性がBLをありえんって思うのと、同じなんだろうね。

違うのかなあ。


『TV/CD トランスヴェスタイト/クロスドレッサー』
「男装の麗人」はいつか必ず生身の女に戻るしかないのか? 美しい王子の姿のままで、幸せになることはできないのか?(サイトより引用)

スカートが大嫌いな主人公の物語。

主人公は誰よりも「性」を意識しているんだろうね。
スカートは女のはくものと思っている。
スカートに偏見をもっているわけだ。

でも、けっこう、こういうひといるねえ。
スカートがまったく似合わないひともいるねえ。
男顔というわけではなくて、綺麗なお顔だったりするのだけど、にじみ出ている雰囲気がスカートを許さない、みたいなひとはいるねえ。

スカートはかない⇒男装
というのも、面白い思考だと思う。



『Life is Spiral ライフ・イズ・スパイラル』
二人の少女だった女性の語らいのお話。

未婚女性が増えてるとかいう世の中ですが……
いったい、何歳をもって未婚とか言ってるんですかねえ。
この間、100歳を超えて結婚した老夫婦のTVに出ておりましたよ。

と、それは余談なのですが……

私も、歳をとっておばあちゃんになった時、一緒に住んでくれる友達がいたらいいなあって思う。

私はひとりでいることが好きだけれども、仕事もしなくなって、他人との関わりが希薄になってしまったら、
きっと淋しいだろう。

約束を交わす主人公は悲観的で、そうはならないだろうと、でもそれでもよいと思う。

その「一緒に住もうね」という言葉と、思い出があれば、それだけで幸せよね。

いない私は……
その時になってから新しい友達を探すのかな。



『Lotus2 ロータス2』

恋とか、好きなものとか、特別なものがあると、すてきなおばあさんになれるのかな、とか思いました。

人間をつくってるのって、そういう、夢とか希望とか好きなものとか、悲しかったこととかで、心の傷もまた勲章のようなものなのかもしれない。

青春が青春らしくあるほど、歳をとった時に振り返ってみて、
おだやかな気持ちになれるのかもしれない。


自分もそんな老後だったら良いなあと思う。
(けど、それほど青春してこなかったなー……)


まとめ(になってないけど)

物語の少女たちは、ひとりの人間に固執している。
彼氏以上、恋人未満という感じだったり、
友達以上の感情をもっていたりする。
そう、特別なんだ。

上で、やっぱりGLはわからんなあと書いたけれど、
特別な誰かに、自分以外の特別な誰かがいたら、
それは切ないかもしれない。

そんな出会いとか別れが切なくて、
そして、再会で感動しました。


ここまで”最後”まで書かれた物語は、珍しいのではないかな。
特に、恋愛もの(厳密には違うのかもしれないけれど)では。

どんなに大恋愛を描いても、終わりはくるし、
その終わりには、それほど大きな感動はないだろうとも思う。

でも、これは、感動がそこにしっかりとあった。

胸が良い意味で重くなるような、詰まるような、あったかくなるような、擬音にするなら「ぐっ」というような感じになった。

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